あの日から15年
― いざというときに頼られる会社であるために ―
2026年3月11日
東日本大震災から、15年もの年月が流れました。
あらためて、震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
3月11日になると、あの時のことを思い出す人も多いと思います。私もその一人です。
あの日、私が見た光景
私はあの時、大みか駅前で車に乗り、信号待ちをしていました。
突然の激しい揺れ。あまりの揺れに、車を降りたほどでした。周りの塀などがどんどん崩れていくのを目の当たりにして、「これはただ事じゃない」と思いました。
震災から数日間は、ライフラインが途絶え、ただただ家族と一日一日を乗り越えることに必死でした。水や食料は売り切れ、ガソリンもなかなか入れられない状況が続きました。
森さんからの一本の連絡
数日が経ち、電気やガスが少しずつ復旧し始めたころ、当時社長だった森さんから連絡がありました。
「まずオーナー様宅の被害状況を確認しに行きましょう」
事前に連絡が繋がらない方も多い中、じっとしているわけにはいかない――そんな森さんの思いだったのでしょう。
ガソリンもそれほど使えない状況でしたので、私たちは歩いて一軒一軒回りました。今でもその時の光景を鮮明に覚えています。
オーナー様からいただいた言葉
オーナー様宅を訪ねて、私が強く感じたこと。それは、「こんなにも感謝されるのか」ということでした。
お会いした方、皆さんが口々に言ってくださいました。
> 「来てくれてありがとう」
> 「ほんとうに感謝している」
> 「顔を見て安心した」
オーナー様の顔を見ればわかります。
心からそう思ってくださっていることを。
震災直後でしたから、材料も道具もなく、その場でできることは何もありません。先の予定を立てることもできない。
ただ…
会いに行って、話をすることはできる。
それだけで、あれほどの感謝をいただいたのです。
**「いざというとき」**の会社
私たちは、**「いざというとき」の会社**なのだと、あの時強く思いました。
頻繁に会えなくても、日々連絡を取り合わなくても、**いざというときに「あの会社に頼もう」「あの人に声をかけよう」**と思っていただける存在。
それがニュースタだと思っています。
住まいの本質とは
住まいは、見た目や快適性も大切です。
しかし何より、**安心して暮らせる、地震に強い家であることが根本**だと、あの日あらためて痛感しました。
震災後、私たちは全棟で耐震等級3を実施するようになりました。今では許容応力度計算も取り入れています。
建物の強さに会社全体で向き合ってきたのは、あの経験があったからこそです。
おわりに
15年前のあの日を忘れずに、これからも**「いざというときに頼られる会社」**であり続けたい。
そう強く思います。